Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

闇が滲む朝に」🐑 章第14回「忘我の時、全ては満たされると、春香さんは笑った」

プライドが邪魔するとマイナス
 徹には図書館館内の喫茶店で、皿やコップを洗う音が聞こえてくる。静粛の中の図書館で、ここだけは少し違う雰囲気を醸し出している。
 正面に座る春香さんはコーヒーを飲みほした。
 
「コーヒー、もう一杯、飲もうか」
「自分はまだありますから、どうぞ」
 春香さんは後方のアルバイトに手を上げた。二人の間に沈黙が続いた。
「ゴミの回収なんてってね、やれないって。どうしてもプライドが邪魔するんだなあ」
 春香さんがポツリとこぼした。
 
「プライド・・・・そうですかね。自分が今までに経験したことのない仕事なんで。慣れないというか」
 徹が水を飲んだ。
「でも時間的には、それほど長くはないでしょう。今の施設での仕事は」
「ええ。気は使うけど、比較的、業務としては楽な現場だと面接でいわれました。今の会社での他の現場では、主任が自ら定期清掃もやるから結構、機械も操作がむずかしい物を使用したりするらしいです。自分がいる『ラッキー園』の定期清掃は、専門スタッフがやってくれるらしいですから」
 
「要するに管理業務をするように。これまでの経験を買われてやるように言われてるんだね」
 春香が二杯目のコーヒーに砂糖を入れた。
「ま、そういうことですね」
 ふうと徹がため息をついた。
「ま、適当にやってますから」
 徹が話をそらすように周りを見た。
 
人には我欲があるから
「人は我欲があるから。夢を実現したり、自分がやりたいことをやったりするんだけど。やりたくないことを、やらざると得なくなると、逆にこの我が邪魔をして自分の意に反することが増えて、ストレスを感じてしまうんだね」
「・・・・・・」
 徹は春香さんが突然に言い出したことに聞き入った。
 
「だから、この我欲を消すことも大事ですよ。我をなくせばね。この我、つまり、嫌だなあと思ったり、辛いと感じたりした時に、無我の感覚を思い出す。日本の禅の教えにあるんだけれど」
「我をなくす・・・・ですか。なんかむずかしそうです」
 徹は春香の言葉を反芻した。

f:id:musashimankun:20200112124852j:plain

 
え?清掃で禅ですか・・・
「確かになかなかむずかしいことですが」
「禅ってよく分かからないですけど、身体を動かしながらやれますか」
 徹は禅について詳しくはなかったが、自分の今の仕事と何となく禅に感じている感覚を思いだした。清掃は動く仕事だし、禅は座禅で、座りながらやる修行ではないか。
 
「禅の修行は座禅、といわれるように座ってやることが多いですね。でも歩行禅というものもあります。歩きながら禅を体得する方法だけど。むずかしいことはむずかしい。でも、動きながら無我の境地を体得できたら、全ては満たされていると感じることがあるよ。全てが順調に流れてね。その中に自分がいるというような感覚・・・・」

「はあ、清掃で歩行禅ですか・・・・なんか仏教の修行してるみたいですね」
「そう。修行・・・・だね」
 春香さんは言いながら笑みを浮かべた。

f:id:musashimankun:20200112124918j:plain