Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

「闇が滲む朝に」🐑章 第6回。「かえるぴょこぴょこ 、超早口で仕事も早い人」

仕事も早いが話しぶりも早い人

「とにかく、明日、チェックするから、綺麗に磨くのよ」
 明子は話を戻すとお茶を飲んだ。
 シングルマザーの飯山伸江も戻ってきた。
「お疲れさまです」
 伸江はいつもの早口で言うと控え室奥の自分のロッカーの方に向かう。
「おつかれ」
 明子が湯飲み茶わんを両手で支えながら伸江のいるロッカーの方を見た。

 

「お茶、飲むかい」
 カーテンで遮断されたロッカールームで着替え始めた伸江に聞いた。
「あ、今日は大丈夫です。すみません」
「今日はテニスの練習か」
「ええ、すみません」
 ロッカーの方から伸江が返事した。

 

「ノブちゃんも何かと忙しいね。お茶くらい飲んでいけばいいのに」
「また、今度、いただきます」
 伸江が奥から出てきた。
「シングルだし、もてるだろうね」
 明子が冷やかす。
「いえ、いえ、もう年ですから」

 とはいえ、伸江はテニスをやっているせいか実際の年齢よりは若く見える。清掃の仕事とテニスはイメージしにくいが、意外とテニスやゴルフをやる人は多い。プロパーはもちろんだが、それまで勤務していた会社を定年退職後に清掃の仕事を始めたりする人は、趣味もそのまま継続するのだ。もちろん、会社経営に失敗した人や、徹のようにリストラの渦に埋もれた人など、いろんな人が働いているのが清掃業界でもある。

 
 その点で伸江は仕事も早いし、この施設でもホームでも評判は良かった。清掃の仕事は早くて丁寧でなければいけない。そして客への気遣いも必要になる。特にこの施設は高齢者が多いから、出入りや施設内での動きにも注意が必要になる。その点でも伸江には問題がなかった。一つ難点があるとすれば、早口なのだ。
 
 話し方が人の2倍は早い。徹は最初に伸江と話した時に、何をそんなに急いでいるのかと思った。しかし、次の日に職場で会った時も早口で話し始める。例えば、こうだ。
 「昨日、息子の帰りが遅いので、どうしたのかと思って心配して探したんですよ。電話にも出ないし。で、あっちこっち、探しまわったのにいなくて。家に帰ってきたのが7時過ぎで。どうしたのって。まいりましたよ。ポケモンやってたって・・・・なんで、こんな時間になるのよって。そしたら、何かしらないけど、凄いのが出るからって、そこに行ってたって」

 これを一気に10 秒ほどで話すのだ。ぼおーっとしていると、聞き逃すこともある。
 

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かえるぴょこぴょこ

「じゃ、すみません。お先に失礼します」
 伸江は笑顔で挨拶すると控室を出た。
「なんで早口なんですかね」
 徹は明子に聞いた。
「知らないわよ。本人に聞けば」
 明子は笑った。
「テニスをしているからかなあ、シングルマザーだからかなあ」
「そんなの関係ないわよ」
 
「だよね」
 そう徹は答えながら、たぶん、伸江は学生時代に2倍速や3倍速の教材を使い勉強をしたに違いない。だから、脳の回路が早口回路になったのだと思う。
「今度、かえるぴょこぴょこ・・・・って早口を言ってもらおう」
「バカいってんじゃないよ」
 明子が立ち上がってロッカールームに向かった。
 
 伸江が「かえるぴょこぴょこみ、ぴょこぴょこ、あわせてぴょこぴょこ、む ぴょこぴょこ」をやったら早いだろうなあ。早口大会に出たら入賞するだろうなあ、でも、あの調子で怒られたら、息子も大変だろうなと徹は思うのだった。

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