「闇が滲む朝に」🐑章 第5回 「綺麗に磨けば心も洗われるのよ」
ひたすら身体を動かし続ける仕事
徹は「ラッキー園」の総務の部屋を過ぎ、奥の小さな清掃員用の休憩所に入った。午前11時、そろそろ明子も伸江も休憩にはいる時間帯だ。
徹の仕事は午前6時から午後3時までと契約されているが、実際には午前中は11時半ごろまでに終わることが多い。そして午後1時から3時まで。この間に、施設の掃除機がけ、ゴミの回収、トイレ清掃、そして庭掃除などをこなす。
清掃の仕事は契約時間の3時間から4時間は、業務を急いでこなしていかなければいけない所が多い。多くが3時間のパートタイム契約だから、これが普通なのだ。身体を使う、いわゆる頭脳労働ではないパートの仕事はとにかく、いそがしいことが多い。
現代の日本社会には正規雇用で働ける人は減る一方で、契約かアルバイトが多くなっているが、頭脳労働でない限り、この人たちは、ひたすら肉体を酷使し仕事を継続しなければいけないのだ。
徹の働く「ラッキー園」では清掃会社のクリーンモリカミ本社から、明子、伸江、そして徹の3人が派遣され、徹は一応、ここの主任クラスの候補スタッフとして契約されている。つまり、主任ではないが、リーダーの候補者として働き始めたのだ。
その点で労働時間は長いが、びっちりと業務ローテーションは組まれていない。しかし、だからこそ、ベテランの明子の鋭い目が光るのである。これは明子がクリーンモリカミの常務から強く言われていることでもあった。
徹はあまり、清掃員としてはてきぱきと働く方ではなかったから、最近になって、明子の仕事に対する指摘が厳しくなっていた。
休憩所は8畳ほどで、奥はスタッフが着替える空間になっているから、休憩できる空間は4畳、ここに冷蔵庫やテーブルが置かれている。
徹はまだ主任ではないが、主任用の机の前に座った。
ぴかぴかトイレとずれオジサン
やがて明子が戻ってきた。
「お疲れさん」
「お疲れ~です」
徹が声を返す。
「男子トイレ、あまり綺麗じゃないね」
明子がテーブルでお茶を煎れながら言う。
「森木君は男子トイレ1か所だけなんだから、もっと綺麗にしなきゃ。綺麗に磨けば、心も洗われるのよ」
明子は徹を君呼びするのだ。これだけでも、徹はいらっとすることがある。社会に出てから、君呼びされたのは20代の頃くらいだ。以降は森木さんと呼ばれることが多かった。
「え、よくない?」
徹は声を少し大きくした。
「ここのトイレは綺麗な方だから。特に目立つのよ。便器は毎日、磨いてないといけないよ。スポンジでよく拭いていないでしょ」
「ぴかぴかって、おやじの頭くらいに、ですか」
徹が冗談で返した。
「そうよ。かつらをつけていたらわかんないけどね」
「かつら・・・・?」
「しかも、ずれていたりしてね。たまにいるのよ。かつらが、ずれているおじさん」
「かつらがずれている?」
話がいつの間にか変わった。
明子は冗談を言うのも好きなのだ。