Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

Novel「闇が滲む朝に」第☆章10回「辛い時はジョークで笑いながら乗り越える」

 鶴子は清掃から休憩所のある倉庫に戻ると、片山に「鈴音」三階の「もみじの部屋」前の洗面が詰まりかけていることを告げた。洗面の詰まりなどすぐに改善するのだけど、通常の仕事では、あまり発生しない仕事が入った場合、片山はジョークを言って自分を奮起させる妙な癖があった。「もみじ饅頭!」でっかと片山が言うと、鶴子は「あほか」とあきれた顔を見せた。

「鈴音」で土曜に仕事の日

「お疲れさん」
 平が休憩所のある倉庫に戻ってきた。
「ボード拭きありがとうございます」
 今日は平がお客様ボード拭きをやってくれたのだ。
「夏場は適当に分担してやらないとな。お互い結構、仕事の量が多いから」
 平がペットボトルの水を飲みながら言った。

 

「そろそろ、鶴子さんトイレ清掃から戻ってくるんじゃないの。暑い、暑いっていうよ。たぶん。そうだ、片山ちゃん、明日もここに来るんだね」
 平が思い出したように言った。
「ええ。明日はお客さんが多いようですので。変則ですが午後三時から入ります」
「ここは土曜日は休みなんだけど、しょうがないね」

 

「そうですね。たまたま地元のオフィスビルの定期清掃がないからよかったですよ。いつもの週末の仕事があったら、平さんにお願いしなきゃって考えていたんですけど」
「そうだね。片山君が地元で定期清掃だったら俺がやらなきゃな」
 平は再びペットボトルの水を飲みだした。
「二十人程の団体さんと個人のお客さんが数組いらっしゃるようですね。土曜日はたまに団体さんが来るらしいから」

 

「頼んだよ。たぶん、トイレとか使う頻度が多くなるから」
「秋のビールフェアなんかも開くって言っていました」
 片山が腰を左右に回した。暇があれば足や太ももも、肩や腰のストレッチも欠かさない。とにかく身体が資本の仕事だから労わってやらなきゃいけない。
「ビールフェアか、明日は忙しくなるよ。たぶん。じゃあ、そろそろ俺は次の現場に行くから」
 平は時計を確認した。次の現場はここから二つ目の駅にあるオフィスビルだ。

 

「了解しました。お疲れさまです。自分は女将さんにサインを貰ってから行きます」
 いつも仕事が終わると業務内容にチェックを入れた連絡表に、女将からサインを貰うようになっているのだ。
 平は片山より先に料亭を出た。
 交代するように鶴子が倉庫に戻ってきた。
 

洗面の詰まり改善は、まずジョークから

 「暑いなあ。そうや、片山ちゃん、三階の洗面、詰まりそうや。悪いけど、明日のこともあるからなあ、ちょっと見てきて。自分はそろそろ、次の現場に行くから」
 汗を拭きながら、トイレ清掃から戻ってきた鶴子が言った。明日のこととは宴会のことだ。皆、仕事が始まると性格が変わったようになるが、鶴子も気が荒くなる時がある。そんな時、たまには仕事中もジョークも言わないと、と片山は思う。
 
 「三階の『もみじの部屋』の前の洗面ですか。『もみじ饅頭・・・!!』でっか」
 「はあ?・・・・」
 鶴子は何かを思い出したようだったが、「あほか」と言い、あきれた顔を見せた。片山は何かことがおこると、ジョークを言いながら笑い、少し気合を入れて仕事に取り組む癖があった。

   やはり、それがいいのよ。ジョークがね。面倒なことや辛いこと、嫌なことがあったら、ジョークで笑い飛ばす。これが一番なんだなあ、と片山はいつも思う。


 片山は用具類の入ったロッカーを開けると、バケツに洗面用の独自のラバーカップ、ブラシ、タオルを入れた。
 
 そのまま三階の洗面に行き、水道の蛇口をゆるめる。確かに水がスムーズに流れない。片山はブラシで中央の栓付近をこする。中のゴミが出てくる。次に水を少し洗面に溜め、小さなラバーカップで中央の流れ口を何度かプッシュする。水を流すと勢いよく下に吸い込まれていく。これで洗面の詰まりは解消するのだ。
 

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女将と「なでしこ」

 片山は一旦、倉庫に戻り用具類をロッカーに入れた。
 そのまま良子が受付にいないことを確認するとエレベータの四階のボタンを押した。四階で降りると奥の「なでしこ」の部屋に向かった。扉は空いている。
「失礼します」
 片山は廊下から中の良子に声をかけた。良子は受付で事務作業をしていない時は、いつもこの部屋で仕事をしている。

 

「お疲れさまです」
 眼鏡をかけた良子が片山に気付いた。
「業務連絡表にサインをお願いします」
 部屋の入り口付近で立ったまま片山が言った。
 良子は片山の顔を見ると、眼鏡をはずすと椅子から立ち上がり入り口に来て連絡票を受け取った。

 

「お疲れさまです。明日も悪いけどよろしくお願いしますね」
 良子は笑顔で言うとサインした業務連絡表を片山に渡した。良子の座る机の前にはパソコンが置かれ、横には十冊近い本が無造作に置かれていた。
 片山は良子がここで料亭関連か何かに関係する、冊子作りもやっているということを平から聞いたことがあった。

 

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