Novel「闇が滲む朝に」第☆章15回「マーガレット・・・・花言葉は真実の愛と信頼」
「鈴音」では自動車会社の客たちの宴会が終わり、片山たちは「ひまわり」の部屋に清掃に入った。今日はもう一軒、客が来ている。4階の「紅葉」には柴田紀夫が家族を連れてきていた。良子は柴田にメニューの説明を始めた。
庭に咲くマーガレットの意味
「鈴音」入口付近が騒がしくなった。次々に2階から客人らしい者たちが下りてくる。良子は玄関で客人たちを見送り始めている。鶴子が清掃用具を持ちながら2階へ向かう。片山も掃除機を左手に持ち続いた。
「じゃあ、今日は洗面とトイレは私がやるから」
鶴子が言う。
「お願いします」
片山が返事をしながら「ひまわり」の部屋に入る。
すでに15人ほどの客たちはもういない。
片山は部屋の隅のごみ箱を次々にまとめた。燃えるゴミ、燃えないゴミとペットボトル、缶、瓶類だ。次に掃除機をかける。それ程、広くない部屋だから時間はかからない。食事関連や酒類などは料理人たちがすでに運び出している。アルコール類は豊富に用意したようだ。料理人が残り物を運ぶにも時間がかかる。
「悪いわね」
良子が声をかけてきた。
「もう一家族、4階にもお客様がいらっしゃるから。でも、ここは帰宅が遅くなりそうだから、清掃は2階だけでいいわ。それよりも、別にお願いがあるの」
「大丈夫ですよ。ここはすぐに終わりますから」
「庭にコスモスとマーガレットが咲いているのを知っているよね」
「マーガレット・・・ですか」
「そう。料亭を出て右後ろの庭にピンクの花が咲いているわ」
「ええ、知っています」
「その花を10本ほどカットしてきてほしいの」
「10本ですか・・・・・分かりました」
片山は再び、掃除機をかけ始めた。「マーガレット・・・・・か」
片山は以前に料亭の庭に咲いている花の、花言葉について良子が話していることを思い出した。清掃が終わると、片山は急いで、スマホを取り出しマーガレットを検索した。「花言葉は真実の愛、信頼」と書かれていた。
ある家族連れの客と紅葉
片山は1階のフロアガラスを拭く。本日4階の客は柴田紀夫という男と、その家族だった。
柴田はゆっくりと「鈴音」受付の前に立つと妻のゆかり、娘の有紀を奥の廊下の椅子に座るようにうながした。
土曜の静かな午後、片山にも柴田と良子の会話が聞こえてくる。
柴田は3か月前にこの料亭を利用した客の一人だった。その時は仕事の接待として「鈴音」を利用した日でもあった。
「ご家族の方ですか。ようこそいらっしゃいました。ありがとうございます」
良子は事務所の外に出ると奥の椅子に座る二人の女性に挨拶した。
「妻と娘です。今日は仕事じゃないんで・・よろしくお願いします」
柴田が少し照れた様子を見せた。
「ご予約の席は4階の部屋『紅葉』になります。今からご案内します。こちらからどうぞ」
良子がエレベーターのボタンを押した。片山はそのままガラスを拭き終わると、4階に向かった。
四階の部屋「紅葉」には庭があり、ビラカンサと数本のイロハモミジが植えられている。片山は夜のスポットライトに映える紅葉の緑の小さな葉を想像する。
やがて、開けたままの「紅葉」の入口からは、外にも声が響いてくる。そのまま片山は部屋の近くちに立ち止まった。
☆☆☆☆☆
「紅葉ですか・・・・いいですね」
部屋に入って最初に発した柴田の声がいささか掠れていることに良子は気付いた。そういえば一階のフロアーではわからなかったが、柴田は以前に会った時より痩せたようにも感じた。
「紅葉はこれから赤い葉を見せます。夜も綺麗ですよ。照らして見ると」
良子が入り口付近から窓の外を見る。
「本日は旬のお料理をご用意させていただいておりますので、ごゆっくりと楽しんでいただきたいと存じます」
「ありがとうございます」
良子の挨拶に田口の妻ゆかりが答えた。
「お料理は旬のコース料理として、前菜七点盛り、お刺身盛り合わせ、黒毛和牛陶板焼き、揚げ物などをご用意させていただきました。お飲み物はビールから、ワイン、日本酒までを揃えています。まず、ご予約通り生ビールとワインを出させていただきます。ワインはフランス産のボルドーワインです」
良子が話す間に次々に料理や飲み物が運ばれてきた。
片山はそのまま、ガラスの淵を拭き続けた。