Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

Novel「闇が滲む朝に」第☆章9回「この宇宙の片隅で生きている 一瞬の偶然と奇跡について」

 片山は料亭に外に出ると植栽の水撒きを始めた。カエデの木は夏でも緑の葉を青々とつけている。長いホースの先を全開にして勢いよく水を撒く。暑い空気が一瞬、涼しい風に変わる。そういえば、人間はこの水がなければ生きていけない。日本は四方を海水に囲まれているが、ふと、不思議な地形をした日本の、この地球の片隅で、生きている100年の一瞬の偶然を思う。
 

虫よけスプレーと庭掃除

 片山はモップを駐車場の倉庫の奥にしまった。
「少しは涼しくなったけど、まだ暑いから気をつけてな」
 平がバキュームを片付けながら言った。
「そうですね。今日は日差しも少し和らいでいますから大丈夫ですよ。本当に夏場は丁度、太陽の日差しが直線的に当たるので暑さが倍増しますよ」
 片山は虫除けスプレーを右腕に捲いた。

「顔も気をつけないとな」
 平がジョーク混じりに笑う。
「ホント、庭に出ると顔にもたまに蚊が来ます。蚊が来る場所ではマスク付けてやりますから」
 片山は顎のマスクを軽く引っぱった。

「じゃあ、俺は部屋でハンディやるから。もうじき、吉見さん、戻ってくるんじゃないの。暑い、暑いっていうよ」
鶴子がそろそろ、トイレ清掃から戻ってくる時間帯だ。
 
 平がハンディのバキューム(掃除機)を片手に持ちながら、倉庫のある駐車場から料亭の中に入った。
 片山は中に入ると左に折れ奥に向かった。奥の扉を開けると外に出る。左にカエデの木が植えられている。片山はそこから左に進み中央の庭に出た。庭には竹とウンベラータが植えられている。


 片山は傍らにある水撒きのロープを奥まで伸ばした。水撒きは奥に生えているカエデから始め、次に中庭に入り、表通りのカツラの木に撒いて終了となる。この年になって自分がまさか、仕事で水撒きをするとも思わなかったが、水を木々に撒いていると落ち着く自分がいた。
 
 水の音というのは心を落ち着かせるのだ。回りの木々のエネルギーも自分に力を与えているのだろう。夏場の暑い中での忙しい水撒きも、始めれば周りには一瞬、涼しい風が吹き始める。今日もただ水の音が周辺に響き渡る。
 
 水は確かにあらゆる汚れを流すのだろう。人間の心の汚れも流してしまう。片山はここの清掃をしながら自分がなぜか新鮮な気持ちになるのを覚える。自分もそうだが人間や生物は水がなければ生きていけない。また、水によって命を奪われることもある。
 

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不思議な地形の日本で生きている奇跡

 水といえば日本は四方を海水に囲まれているが、なぜ、日本が現在の地形になっているのか、水撒きをしながら時折、考えることがある。元々は大陸につながっていた筈の日本は、3500万年前に大陸から突然に離れたのだ。今の形になったのは1500年前らしい。そしてこの地球には海底プレートが敷かれていて、プレートは動き続けている。このプレートが移動し続け大きなひずみができると、地震が発生する。
 
 片山は今、自分がこうして地球の日本で生活できているのは奇跡に近いのかも知れないと思う。宇宙空間は生きているから、空からはいつ隕石が落下してくるか分からないし、地上では地震などの地殻変動が発生するか分からない。それは、ある日、突然にやってくるのだ。たぶん。

 さまざまに変化してきた45億万年以上の宇宙の歴史と比較すると、日本ができはじめた3500万年前という年数は短い。まして自分は、この地球上で長く生きて100年、これも3000年を生きる存在からしたら短い方だ。 長く深い歴史から見れば、自分の存在などはかなく短いのだ。もちろん、それをどうとらえるかは自分自身が考えることだ。
 植木の水撒きを終えると、片山は店内の入り口から倉庫のある休憩所に戻った。

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