Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

Novel「闇が滲む朝に」第★章5回「暑さと疲労と不安で、おろおろしても」

 片山二郎は鶴子との世間話を終えると「鈴音」のエレベーターを押し4階に上がる。ここで洗面所の清掃をするのだ。仕事は簡単だから誰でもできる。そんな誰でもできる仕事で片山は生活しているのだ。時折、疲労からむなしくなることもある。そんな時にふと思い出したのが、鶴子が話していた宮沢賢治の「雨ニモマケズ」だった。
 
iPodが手放せない
 二郎は鶴子としばらく話しながら、「料亭」のビルに入るとエレベーターのボタンを押した。休息時間は平も鶴子もたわいのない話をするが、あくまでも仕事が始まるまでの気分転換だ。もちろん、仕事が始まったら一言も話さず、仕事を次々とこなしていかなければいけない。
 この時から片山の空想が始まる。平日は早朝から遅くまで1日12時間を仕事に拘束される。移動時間も含めると16時間は外にいることになる。つまり12時間は身体を動かしているのだ。決して楽ではない。まして仕事は複雑ではない。自分をごまかさなければ仕事を継続することは困難になる。辛さだけが身体を刺激するのだ。だから、ある時期から片山は自分の生活自体がマラソンやトレイルランのトレーニングだと考えるようになった。
 
 そう思うことで辛い身体も動く。「鈴音」では比較的、ゆったりしたペースでも仕事はできるが、朝と夜はスピードが求められる。辛くなったら歌う。だから、片山にとって音楽はなくてはならないものなのだ。マラソンの練習と違い、今はiPodは聞けないが、移動中は聞ける。だから、朝も昼も夕方も移動中はiPodは常に手放さない。
 
心に沁みる映画の主題歌を口ずさむ
 最近は映画の「アリー/スター誕生」を観て良かったので、そのサウンドトラックを聴いている。ハッピーエンドの映画ではないが、心に沁みるのだ。映画の中ではレディー・ガガもブラットリー・クーパーもお互いがあまり経験したことのない演技や唄に挑戦しているが、サウンドトラックも何度、聴いていいと思う。主題歌でもある「シャロウ」はCMでも流されていたから、すんなりと耳に入ってきた。

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 ほかに今は米津玄師を聞き続けている・・・・。「海の幽霊」は既にユーチューブで3200視聴を超えている。「レモン」が4憶1000万視聴とは、日本人で初めてではないか。曲は全体ではアップテンポが多いが、本当にどのアルバムの曲を聴いてもいいと思う。そんなことを考えていると仕事があっという間に終了する。
 
 片山はそんなことを考えながら、4階の洗面所に入った。向かいの部屋では平が掃除機をかけている。どこも同じだが「鈴音」の洗面所でも鏡と洗面台、水道が流れる中を清掃する。この洗面所が4階の各フロアーに4つある。まず水道の流れる洗面の中に洗剤をかけ、スポンジで洗う。次に洗面台を拭き、最後に鏡についた水や指紋を拭き上げる。簡単なのだ。洗面でも詰まりが発生するから、詰まらないように水の流れ口を歯ブラシで洗浄する。
 
 洗面の清掃が終了すると、次は横に設置されているジェットタオルの清掃だ。ジェットタオルは下に溜まった水を捨て、サイドの器具をはずし中を拭く、最後に手を入れて乾かす部分を拭いて終了となる。これも簡単。ただ、汚れがとれていなければならない。長い期間が経過すると清掃の状態が汚れとなって出てくる。毎日、綺麗にしていれば、汚れは表面化しない。誰でもできる仕事なのだ。
 
雨ニモマケズ」にこめられた本当のメッセージ
 片山は今、誰でもできる仕事をやっているのだ。ただ、時間が長い分、ハードだと感じるのだ。本当はおばちゃんでも若い者でも、誰でもできる仕事なのだ。そんなことを考えるとふと、片山は自分がむなしくなることがある。疲労から自分を責めることがある。そんな時に思い出すのが、鶴子がふと話していた宮沢賢治の詩だ。「雨ニモ負ケズ」の詩で賢治は後半に以下のように書いている。
 
 「ヒデリノトキハナミダヲナガシ、サムサノナツハオロオロアルキ、ミナニクノボートヨバレ、ホメラレモセズ、クニモサレズ、ソウイウモノニ ワタシハナリタイ」
 
 つまり、自分は何事にも負けないのではなく、暑い夏は暑さで、いろんなことを辛いと思い、強風や大雨で疲労し、先行きを心配し、不安でおろおろしてしまう。そんな自分は皆から、ほめられもしないし、役立たずの身だから「木偶の棒」と呼ばれてもいいと。つまり、しょせん、人はバカだと思われてもいいんだよと、賢治はメッセージしているのだ。それは、別の星人が我々を子羊と呼ぶことに近い。この世界で100年を生きても、それは無限の宇宙空間からみたら、アリのような存在に過ぎない。
 いつもくくっと笑いながらトイレ清掃を続ける鶴子は、本当はこのことを片山に伝えたかったのではないかと思うのだ。

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