Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

Novel「闇が滲む朝に」第☆章13回「ある日、自我を捨て奉仕せよと月が言った」

 今まで本など読む時間がなかった鶴子が、本を読みだしたのは最近のことだ。それも時代小説ばかり読んでいた。そんな鶴子は宮沢賢治の「雨にも負けず」の詩のことを、息子から紹介されて気に入ったのだ。鶴子が「銀河鉄道の夜」を読んでいるのは、必ずわけがあると片山は思う。

 

夜の銀河に魅せられて

 鶴子が「銀河鉄道を夜」を読んでいるのは、以前に鶴子の息子に宮沢賢治のことを聞いたことがきっかけになったことは片山にも理解できた。大阪で生まれた鶴子は、新潟で短い期間だが居酒屋を経営していたことがある。不況の影響で店をたたまざるをえなくなったが、居酒屋を営んでいた時期には本など読むことができなかった程、忙しかったらしい。上京してからは、結婚し家庭を持ったから、なおさら本など読む時間はなかったという。
 
 夫は建築関係の仕事で忙しく、鶴子もパートに出ていたことから、読書する時間などなかったのだ。本を読むという行為は、よほど時間のある人か読書好きでなければできるものではないと片山は思う。特に男性は社会に出てからは仕事、家庭を持つと家族サービスで休日は埋まってしまう。

 ましてや現在は、ゲームやスマホ、映画、テレビ、ネット動画などなど、わざわざ活字だけに目を向けなくても、情報収集する手段はいくらでもある。いつのまにか街の中で本屋さんが減ってしまった理由は誰にも分かるのだ。もともと利益が出ない商売だが、本屋さんも本だけでは到底、生活などできない時代になってしまった。
 
 しかし、鶴子くらいの年代の60過ぎの人は、ケータイやスマホよりも本の方が親しみやすいのだろう。片山にも、時代小説を読んでいることをたまに口にしたりする。そんな鶴子が「銀河鉄道の夜」とは意外に感じたが、そういえば、最近になって鶴子の周辺で、知り合いが脳梗塞で倒れただの、胃がんで病院に運ばれたという話を続けて聞いた時があった。

 偶然にも知り合いが続けて入院したのだ。鶴子は嫌でも死ということを意識したのだろう。片山はそんなことを思った。もちろん内容は知らずにタイトルを見て手にしたのだ。その前に知った宮沢賢治の詩に感じるものがあったから、「銀河鉄道の夜」を読んでみようと思ったに違いない。
 

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月に向かった日

 そういえば、片山も今の生活を始めた頃は、なぜか空ばかり見ていたことがある。朝は早く夜は遅いことから、移動しながらもなぜかよく月を見ていた。

スーパームーン」という月があるのを知ったのもこの時期だ。今も月はよく見る方だが、当時は欠かさずに見ていた、というか、なぜか月が自分の周りを回っているように感じてもいた。
 
 月の光は太陽の反射だということもその時に初めて知ったのだが、片山はマラソンを走っていた頃、レース途中で太陽を身近に感じたことが何度かあった。

  なぜか、自分が太陽の光線に向け走るのだ。それは自分が自分ではないような感覚で、光線は熱くなく眩しくもなかった。
 
 月を身近に感じた時も同じだった。なぜか、自分が月のかすかな光線に吸い込まれていくのだ。そんな時、片山は自分は確かに空を飛ぶと感じるのだった。そして、これから自分が向き合う仕事は、これからの仕事は決して楽しくはない。むしろ辛いことが多いが、自我を捨て奉仕する気持ちでやれば、自ずと仕事は楽しくなると確かに月が言ったのだった。

   今も当時のような感覚になると、相変わらず自分のせわしい毎日の生活を、ま、いいかと思うのだ。(もちろん、このままでも困るのだが、トホホ)

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