Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

「闇が滲む朝に」第☆章16回「ただ笑顔で、花束をあなたに」

 料亭「鈴音」での土曜の自動車メーカーの宴会は終了した。続いて4階のお客である柴田の食事会も終わろうとしている。片山は女将の良子に頼まれた通り、マーガレットの咲く庭に出て、花を切り始めた。
 
 

料亭の庭に咲くマーガレットとコスモス

 

 片山は「鈴音」の外に出ると料亭の右側に回り庭に出た。20メートル四方の庭には白のマーガレットとピンクのコスモスが所狭しと咲き乱れている。片山は一瞬、深呼吸した。ゆっくりと庭に入ると手にしていたハサミで、マーガレットを切り始めた。
 
「片山ちゃん」
 鶴子の声が聞こえてきた。
「そろそろ引き上げるよ。今日は直帰するから」
「お疲れさまです。自分はもう少しいます」
「女将さんから花を頼まれたのかい」
「ええ。10本ほどマーガレットを切ってきてって」
 片山が目の前のマーガレットを見渡す。
 
「たまに。渡すんよ。お客さんに」
「そうですか」
「珍しいやろ。こんな場所で花が咲いてるんなんて」
「ええ。最初は驚きました」
「女将さんが自分で頼んだらしいわ。ここには自分で花を植えさせてほしいって」

「珍しいですね。こんなところで」
 
「平さんが言ってたけど、女将さん、本当は花屋さんをやりたいらしいよ」
 鶴子が思い出したように言う。
「花屋さん・・・・・ですか」
「そう。花屋さん。じゃあ、あとはよろしくね」
 鶴子はくふふと笑うと表通りに出た。
 片山はそのまま花を持ち、「鈴音」の受付に向かった。
 

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お客に笑顔で花束を渡す

 

★★★★

 「鈴音」の中では片山の目の前で良子と柴田たち家族三人が話し込んでいる。
「今日はありがとうございました。ご満足いただけましたか」
 良子が頭を下げた。
「とてもおいしかったです。料理はもちろんですけど、ワインもね」
 柴田の妻・ゆかりが笑顔を見せた。

「家内はワインが好きなんですよ。ボルドーの赤ワインとても気に入ったようです」

  柴田が言う。
「それは良かった。今度、いらっしゃる時にもおいしいワインをご用意させていただきます。柴田さんもお料理の方は気に入っていただけましたか」
 良子は片山の方を見ると、片山から花を受け取った。
 
「おいしかったですよ。ごちそうさまでした。家内と娘を連れてまた、年末までに来ますよ」
 柴田が頭を下げる。
「そうですか。楽しみにお待ちしています。これプレゼントです。お受け取りください」
 良子は片山から受け取った花を白い紙に包むと、笑顔で柴田にマーガレットの花束を渡した。
 柴田は一瞬、驚いた表情を見せた。
「ありがとうございました」
 「鈴音」のスタッフ全員が出口に立って柴田たち家族を見送った。つられて片山も頭を下げた。
 
「片山さんも遅くまでお疲れ様でした。これほんの気持ちです。受け取ってください」
 受付で片山は良子から封筒を受け取った。
「こんなことしないでください。平日は自分、いつもだいたい同じ時間まで仕事していますから。お気になさらないで」
 
「今日は特別にお願いしたから。でも助かったわ。団体さんだとどうしてもトイレなんか使う回数が多くなるから。それにアクシデントなんか万一のことがあったら大変だし。とにかく来て貰ってありがとうございました。いつもトイレを清掃してくれる吉見さんにもよろしく伝えてください」
「無事に終了して何よりでした」
 片山がお礼を兼ねて頭を下げた。
 
 さすがに良子の顔にも疲れが見える。
「体調の方は大丈夫ですか」
 以前に風邪をこじらせていたことを聞いていた片山は気になった。
「大丈夫よ。今年の夏前に風邪をこじらせてから、しばらく不安だったけど何とかなりそう。やっぱり体力をつけなきゃね」
 良子がいつもの笑顔を見せた。
「そうですね。やはり体力が資本だから」
 片山が笑顔を返した。

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