「闇が滲む朝に」🐑章 第27回「二人の逃避行 やっぱ『竜乃湖』には、何かがありそうだっ!」
やはり何かがいそうだっ!
徹たちが車から降りると、横幅約100メートル、縦約200メートル程だろうか。大きな湖が目の前に横たわっている。湖の奥の方はうっそうとした林を抜けるように延々と伸びている。入口付近には「竜乃湖」と書かれた看板が立てられ、歴史と注意書きが綴られていた。
確かにしんとした雰囲気で、何かがいそうだと徹は直感した。
「静かな、いい所だねえ」
はなえがポツリと言う。
ヒゲさんが両手を合わせて静かに黙とうする。徹は運転席でヒゲさんが言っていたことは本当だと思った。つられて徹とはなえも両手を合わせた。ヒゲさんが何か独り言を言っている。と、バタバタと水面を叩く激しい音がした。
「鴨だ・・・・・」
ヒゲさんが言う。
「鴨ですか・・・・あれ」
徹は水面すれすれに羽ばたこうとする鳥を見た。
「ここに竜がいたんだね」
はなえが聞いた。
「そう。遠い昔の話だけどさっ。あ、そう、たまに竜が見える人がいるけ。ここに来たりすっぺ」
ヒゲさんが再び、独り言を言った。
「り、竜を見る・・・・・ですか」
徹は本当に外見に似合わず、ヒゲさんは大丈夫かなあと感じた。何か悩んでいるんだろうか。
スピリッチュアルだっけ?
「もとずろう温泉に泊まりにきたりすっぺ」
「その竜が見える人・・・・ですか」
徹は笑いながら聞いた。
「そう。なんだ、その、そっちに詳しい人だっ」
「そっちに・・・・?」
「なんだっけ・・・・ス、スピ、よくわからんさ」
「スピリチュアル・・・・ですか」
徹は思いついた言葉を発した。
「あっ、そう。そう。スピリッチュアルだっけ?そのスピリッチュアルに詳しい人とかね」
「いいことあるかもね」
はなえが再び、拝みだした。
「あ、そう。天源一郎さんも来たことあっさ」
ヒゲさんがふと思い出したように言った。
「天源さん・・・・?」
徹は誰のことだろうと思う。
「そう。まだ現役の頃ね」
ヒゲさん、以前は何をやってたの
「天源・・・・・一郎。え?あの」
徹が思い出した。天源一郎とはプロレスラーだ。65歳まで現役で活躍した伝説とまでいわれる名プロレスラーだ。天源はがっちりした身体で、数々の大物レスラーたちと名勝負を繰り広げてきたのだった。徹はプロレスのことは詳しくはなかったが、天源一郎の名前は知っていた。それ程に人気のあるレスラーだった。
「そろそろ戻っか」
ヒゲさんが言う。ヒゲさんが車の後方座席を開けて、はなえに座るよう勧めた。運転席の隣に徹が座った。ヒゲさんの太い腕がハンドルを握る。
「ヒゲさんって・・・・以前は何をやっていたんですか」
徹が改めて聞いた。
「・・・・・・」
黙ったまま、ヒゲさんがエンジンをかける。
「ま、いいけ。そのことは」
ヒゲさんが後方を確認しながら車をバックさせた。