「闇が滲む朝に」🐑章 第28回「二人の逃避行 龍神のいる森に住むヒゲさんという男」
龍神様はありがたいから
「竜乃湖」でしばらく立ち話をしながら3人は車に戻った。
ヒゲさんはバックミラーを見ながら、ゆっくりと車をバックしユーターンさせた。
「どうだ、いいとこだっけ」
ヒゲさんが隣に座る徹に聞く。
「ええ。静かでいい所ですね」
「ヒゲさんはここで竜を見たことがあるの?」
後方座席に座るはなえが聞いた。
「うん?・・・・まあ、どうかねえ」
ヒゲさんは言葉を濁すとエンジンをかけた。
ランドクルーザーが重厚感のある音を出しながらゆっくりと動き出した。
「龍神様はありがたいから・・・・龍神様を祀った神社や温泉も日本各地にあるしね。私も家族の健康と安全を拝んできたよ。今日はコロナウイルスを退治してくれるようにね。我々が悪いんだけどさ」
「へええ。はなえさん、詳しいね」
徹が感心したように言う。
のど自慢大会に出っか
「どうする?このまま『もとずろう温泉』に戻っか?それともウチでお茶でも飲んでっか」
ヒゲさんが2人を誘った。時間は午後2時30分を過ぎたところだ。
「え?・・・・」
ヒゲさんの誘いに徹が少し驚いた表情を見せた。
「まだ、のど自慢大会には時間あっさ」
「の、のど自慢・・・ですか?」
「でるっさ?2人とも」
ヒゲさんが前方を見たまま笑みを見せた。
「で、出るって・・・・いえ・・・・・」
「ずんいちろ社長に誘われなかったかい?」
「いえ、のど自慢大会があることは話していましたけど、ねえ、はなえさん」
徹がバックミラーではなえに確認する。
「ええ、なんかそんなこと言っていたね」
はなえが笑みを返した。
自宅でお茶、飲んでけ
「ま、スタートは夕飯が過ぎた午後7時からだから、時間はあっさ。ちょっと寄ってけ。たいしたもんはないが」
「ええ、はなえさん、どうする?」
徹がはなえに確認した。
「せっかくだからお邪魔しようか。いいの?ヒゲさん」
「お茶しか出さねっけ」
「じゃあ、うかがいます」
徹が返事をした。
ヒゲさんは車のスピードを落とすと傍らから携帯電話を取り出しワンプッシュした。
「あ、これから戻るさ。2人お客さん連れてっから」
ヒゲさんは携帯電話を切ると再びアクセルを踏んだ。
車は深い林の中を前に進む。
やがて、目の前に広々とした畑が広がった。
「ここが畑さ」
ヒゲさんがポツリと言った。
「収穫、終わったばっかだから」
ヒゲさんは畑の端の道をゆっくりと進むと大きな家の前で車を止めた。