Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

「闇が滲む朝に」🐑章 第21回「二人の逃避行 行き先は、あの『もとずろう温泉』」

さあ着いたよ。尾花だよ
 コーヒーを飲み終わった後で徹とはなえはトイレに寄り、駅のホームで電車を待った。
 やがて「もとずろう温泉」のある尾花駅行きの電車が予定通りに来た。
 二人は電車に乗ると座席に座り目を閉じた。話していると冗談を言うはなえだが、さすがに70代後半となると、近場のプチ温泉旅行とはいえ慣れない早朝の行動は楽ではない。電車は居眠りする二人を起こさない安定した速度で走りながら尾花駅に着いた。

 

「着いたよ。尾花だよ」
 徹は隣で居眠りするはなえに声をかけた。少し驚いた様子ではなえが目を覚ました。
「早いねえ。もう着いたかい?」
 リーン、やがて出発の高い音が駅構内に響く。
「さ、行くよ」

 徹ははなえの右手を握った。
「よいしょ。もう着いたの。寝てたよ」
 はなえは少し寝ぼけたような口調になった。
 
 土曜日の午前9時過ぎ、既に尾花駅構内は登山客で賑わっている。徹はまだ、会社に正社員として勤務していた頃に家族を連れて近くの山を登ったことがあった。確かこの近くの温泉にも泊まったことがある。

 

「まだ、温泉に入れるまで時間はあるから、どうする?」
「朝早いのに結構、人が多いね」
 はなえが少し驚いたように周りを見渡した。
「この辺は人気スポットだから。誰もが昇りやすい山だから、だから天気さえよければね」

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なんとなく懐かしい 温泉街

「あんたも登ったのかい」
 はなえが聞いた。
「登ったよ。気持ちいいよ」
 二人は尾花山入口付近に歩き始めた。どこからか川の流れる音が聞こえてくる。鳥のさえずりも耳に響いてきた。

 

「ピー、ピー、ピーちゃん。つもちええねー」
「つもち・・・?」
「ああ、つもちええ」
「気持ちね、気持ちいい」
 徹が、はなえの軽いジョークに、しょうがないなあという表情を見せる。
 
「あ、そう、ええ。まだ行くかい?」
 はなえが立ち止まった。
「引き返そうか。もう、宿にも入れる時間だし」
 二人は今、来た道を引き返し尾花駅に着くとタクシーに乗った。
「『もとずろう温泉』」までお願いします」

 徹が運転手に告げる。
「はい。『もとずろう』ですね」
 運転手は笑顔で答えた。
 
「『もとずろう』って、どこかで聞いたことがあるねえ。『もとずろう』・・・・」
 はなえがポツリと言った。
「そう?聞いたことある?」
 徹は外の景色を眺めながら、何か自分がなつかしい気分になるのを感じた。

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