「闇が滲む朝に」🐑章 第18回「二人の逃避行~それでも見つかるわけにはいかない」
土曜日、「ラッキー園」の近くで
結局、その日、徹はスーパーでは妻の多恵子には会わずに自宅に戻った。マイ子にも妻に会いに来たとはいえず、夕方のレジ打ちで忙しい多恵子に会ったところで迷惑な顔をされるだけだと思ったのだ。マイ子と別れ仕方がなくスーパー内を一周した後で、そのまま自宅に戻ったのだった。
翌日の土曜日の早朝、徹は「ラッキー園」近くの駐車場にバイクを止めた。もちろん土曜日は仕事は休みになっているから、中に入る必要はなかった。
やがて、「ラッキー園」入口から、一人の老婆が歩いてきた。すぐに徹にはその女性が町田はなえだということが分かった。早朝にもかかわらず、はなえは午前六時という時間に遅れることなく「ラッキー園」から出てきた。今年で78歳になる彼女は、園長に長男夫婦に会いに行くと嘘をつき、今日の外出許可を得たという。
「おはよう、大丈夫だった?」
徹は声を潜めて聞いた。はなえは寒そうだったが笑顔で頷いた。
「じゃあ、行きますか」
徹は周りに「ラッキー園」の人間がいないか確認した。はなえが外出許可を得たとはいえ、長男に会いに行くのではないのだ。
二人の逃避行は見つかるわけにはいかない
ましてや連れ出したのは家族でもない、清掃スタッフなのだ。徹からしたら、ここで「ラッキー園」のスタッフに見つかるわけにはいかない。しかし、大胆な行動に出たものだ。徹は自分でそう思う。まさに二人の逃避行劇そのものだ。
暗闇の中を二人はゆっくり大通りの方に歩く。やがてコンビニエンスストア近くにタクシーが停車しているのが見えた。
コンコン、徹は運転席の窓を軽く叩いた。眠っていた運転手は徹に気が付くと頭を下げた。後部席のドアが開く。徹ははなえを先に乗るように導いた。
「キツネ駅までお願いします」
椅子に腰を沈めながら徹が運転手に言った。
「はい。分かりました」
寝起きの運転手はバックミラーで徹を確認した。こんな時間に老婆を連れて何かあったのかと少し心配そうな表情だ。
「ふう・・・・」
はなえが慣れないのかため息をついた。
「大丈夫?」
徹がはなえの表情を見た。
「ええ。大丈夫だけど。久しぶりだから外出するの」
二人を乗せたタクシーはゆっくりと「キツネ駅」の方向に進んだ。