Novel life~musashimankun’s blog~

漫画「きっと、いいことあるさ~君が住む街で~」を週刊で連載しています。

「闇が滲む朝に」🐑 章 第11回 「夢をバクに食べられたい」

新年あけましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。

       令和2年 元旦 天野響一

 

五十六は一体、何者なんだ
 徹は目の前で何が起こったのか分からなかった。一瞬、自分はかまいたちに切られたのではないか、顔面の左ほおに強烈な痛みを感じたのだ。あと、ほんの数ミリの差だった。何とか徹の顔は無傷のままだった。
 徹は五十六の背中を見ながら、ただ立ちすくむだけだった。
 
「・・・・・・・な、なんだ一体」
 徹はゆっくりと五十六とは逆の方向に歩き始めた。
「キタキツネビル」で働く高戸七八の兄となれば70歳近い年齢の筈だ。しかし、五十六の顔を見ても到底70歳には見えない。もちろん、ついさっき、自分の目の前をぶっ飛びすぎた足蹴りの伸びも、老人といわれる領域の人間の技には見えない。真昼からビールを何杯も飲む五十六は何をやっている人間なのか・・・・・。
 
 徹は信号を渡ると左に進み「ラッキー園」の門を過ぎた。エントランスの自動扉が汚れていないか確認しながら受付を過ぎる。そのまま総務部を過ぎ奥の控室に向かう。あと20分もすれば午後1時になるが、すでにこの時間帯にはスタッフはいない。
 徹だけが残り午後の業務を消化するのだ。業務といってもゴミを回収したり拭き掃除をするだけだから簡単といえば簡単なのだ。誰でもできるんよ。こんなの。

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誰でもできるんよ。こんなの。
 一旦、控室に戻り70ミリリットルと20ミリリットルのゴミ袋をそれぞれ数枚づつ取り出しカートに入れる。ゴミは各フロアの共有部と1階の総務部のものを回収する。高齢者の施設だから、廊下を行き来している人たちには気を付けなければいけない。カートが当たったりしたら怪我しかねないのだ。それさえ注意すれば、あとはひたすら動き続けるだけ。やっぱり、誰でもできるんよ。こんなの。
 
 徹はそんなことは思わずに、カートを慎重に押しながらエレベータで3階に上がる。エレベータを降りると左の方にカートを進める。

 突き当たりの左奥にゴミ箱が4箱置いてある。「紙類」「ビニール、プラスチック」「ペットボトル」「缶」などが各ゴミ箱に捨てられているのだ。これを2階、1階で同じように回収していく。

 ま、誰でもできるんよ。こんなの。そう根気さえあればね。根気と忍耐は必要なんよ。なぜなら、捨て方が無茶苦茶なことが多いからね。ま、誰でも捨てるゴミでエチケットなんか考えないわな。で、そこに人の本性を見るからよ。利己的で勝手なね。
 

 もちろん、徹は誰でもできる仕事とは思うはずもなく、しんどいと思いながら、カートを慎重に押しエレベータで3階に上がる。そしてエレベータを降りると左の方にカートを進めた。

 徹はいつものように各階のゴミを回収すると1階に降り総務部に入る。そのままカートを置き、ここでも部屋の隅に置かれた各箱のゴミを回収していく。
「お疲れです」
 ゴミ箱近くの給茶機のお茶ボタンを押しながら、総務部の片岡マイ子が声をかけてきた。
「お疲れ様です」
 徹が笑顔を返した。
 

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徹を襲った悪夢
「今日も『ぶんぺい』で食べた?」
 ずずずぶっと音を立てながら、マイ子がお茶を口にする。
「ええ、そうっすね。ちゃんぽん麺」
「混んでた?どうしょうか迷ったんだけど、コンビニ弁当にしたわ」
 マイ子は「中華屋・ぶんぺい」で昼食をとることが多いのだ。
 

「ええ、すぐに満員になって」
「そう正解だった。たぶんそうだろうって」
 ずぶずぶっ、マイ子がお茶を飲む。
 マイ子は少し特徴のある顔をしているが、施設内で昼食をとる職員が多い中で「ラッキー園」でも珍しく、外食なのだ。ま、顔は関係ないか。

「変な人に会いましたよ」

 徹がゴミ箱の蓋を閉める。

「変な人?」

 マイ子が少し真顔になった。

「昼間からビールをガブガブ飲んで」

「いいわね。羨ましいわ」

 

「外でいきなり回し蹴りを仕掛けてきてびっくりしました」

「あ、それ五十六さんでしょ」

   マイ子が思いついたように顔を縦に振った。

「知ってるんですか」

「五十六さん、空手やってるから外で、いきなり型を決めたりするのよ。『ぶんぺい』でたまに会うわよ」

 

「そうっすか、何やってる人なんですか」

 徹がカートの中にゴミ袋を入れる。

「いくつかアパート持ってるらしいわよ」

「アパートですか」

「そう。だから、結構、自由にね」

 マイ子が時計で時間を確かめた。あまり業者との立ち話はよくない。

 「少し変わってるけど。別に悪い人じゃないから」

 マイ子はもう一杯、給茶機からお茶を出し始めた。

 
 そのまま、徹はゴミの回収を終えると、マイ子に挨拶して総務部を出た。ゴミ袋を入れたカートを前に押しながら、控室の奥のゴミ置き倉庫に入りゴミを置く。
 そのままカートをゴミ置きの扉近くに置き、控室に戻ると椅子に座った。
 
 午後2時過ぎ、いつのまにか徹は軽い眠りに入りながら夢を見た。
 怖い夢だった。さぼるな!と言いながら、ろくろっ首が自分を追いかけてくるのだ。ひぇー、徹は驚いて目を覚ました。一体、今のはなんなんだ!徹は姿勢を正した。何度、思い出しても怖い嫌な夢だった。
 できるなら、バクに食べてほしい、ふと徹は思った。

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