「闇が滲む朝に」第☆章17回(最終回)「人は死なない。苦しみ他界して死者となる」
あらすじ
片山と良子たちは客の柴田たちを送ると料亭に戻った。
そこで片山が意外な柴田の状況を聞かされる。第☆章の最終回。
客の柴田の意外な容態
「今日、四階に来たお客さん」
ふと良子が言った。
「柴田さん・・・ですか」
片山がボードに記入されていた名前を思い出した。
「そう柴田さん。ご家族でいらっしゃった」
「奥さん、綺麗ですね」
片山が冗談ぽく言った。
「片山さん好み、ゆかりさんみたいな人?」
良子も冗談を返す。
「でも柴田さんね。ガンなの」
良子が話しを戻した。
「だんなさんの方ですか」
「そう、紀夫さんね」
片山は柴田を料亭で初めて見た時、少し痩せ具合が気になっていた。初めて会う人でも何か病的な痩せ方をしている人は、その瞬間に病気だと分かる時がある。
「そうですか、少し痩せているなとは思っていました」
「たぶん、私の旦那と同じだと思う・・・・」
ふと良子が漏らした。片山は良子が結婚していたことを知らなかった。仕事中は結婚指輪をはずしているのだ。
「旦那さん、どこか悪いんですか」
片山は表情を崩さないように、落ち着くように自分に言いきかせた。
「もういないんだけど。膵臓ガンだったの」
良子の言葉が片山の耳元に鋭く響いた。
「いない・・・?」
「柴田さんも同じ膵臓なの」
「そうですか」
良子の言葉に片山は返す言葉を失った。
「膵臓ガンはほとんど無理なのよ。発見した段階で既に手遅れの場合が多いの・・・・うちのもガンが見つかってちょうど半年だったわ。始めは医者が失敗したんじゃないかって」
ふと良子の声が小さくなった。
「どうすることもできなかったわ。本当に」
良子は夫のことを静かに話した。
人は死なない・・・・・・・・
「最近、ガンになる人が増えていますね」
「本当ね。食べ物が悪いんだろうけど。胃がんなんかは見つけるのが早いと助かるらしいけど。他のガンだとやっぱり他界する人も多い。膵臓ガンなんかは特に早いわね。だから周りの家族が大変、心の準備が出来ていないから。あ、ごめんなさいこんな話、しちゃって。今日は本当にありがとう。疲れたでしょう。もう引き上げて」
良子が何かを思い出したように口にした。
「はい。お疲れ様でした。じゃあこれで失礼します」
片山は頭を下げると「鈴音」の外に出た。
柴田がガンだと知ったのも、良子の夫がガンで他界したということも片山にはショックだった。厚化粧の下で良子がたまに見せる寂しげな表情は、夫を失った寂しさを隠すものだったに違いない。
人の死をどう受け入れられるか。命の終わりをどう感じるか。
例えばこの世での最期が、どんなにひどい状態で自分の家族や知人が死んでも、人は静かに肉親や知人の死を受け入れなければいけないのだろう。
それが愛している人だったら。自分に大切な人だったら。そんな人が自分より早く他界してしまうことは、この上なく辛い。
しかし、生きている以上は必ず何らかの形で肉体は苦しみを伴って、やがて滅びの時を迎える。夫婦にも家族にも・・・。その別れ、滅びをどう受け入れられるかは、肉体だけが一つの人間の存在の形なのかどうかも含めて、その人その人によって違ってくるのだ。
肉体は滅んでも人は死なない・・・苦しみ他界しても死者となるだけなのだ。
片山は駅までの道のりを歩きながら、ふとそんなことを考えた。
駅のホームで電車を待ちながら、良子から渡された封筒を開く。
中から数十個のひまわりの種が手のひらに落ちた。
暑い夏の夜に一瞬、涼しい風が吹いた。
今回で「闇が滲む朝に」☆章は終了します。
12月から「闇が滲む朝に」🐑章がスタートします。ご期待ください。