「闇が滲む朝に」🐑章 第31回「壮絶な空中戦の末にプロレスのマットに沈んだヒゲさん・・・」
ジョイと竜乃湖を目指して走る
ヒゲさんは夕闇の林の中を「竜乃湖」を目指して走る。後方からジョイがハアハアと息を切らせながらついてくる。前足と後方の足はリズミカルに動く。
ジョイはヒゲさんの走る間隔には慣れている。もうこの坂道を上り降りし始めて2年半が過ぎた。ジョイがヒゲさんに出会ったのは3年前だ。
ヒゲさんはこの地に引っ越してきてからすぐにペットセンターへ行き、ジョイを見つけてきたのだ。ジョイのような大型犬に手綱をつけずに散歩するのは、都会や人の集まる所では決してできることではないが、幼い頃からこの木々がうっそうとする土地で、厳しく訓練してきたジョイなら大丈夫だという自覚がヒゲにはあった。だから、成犬になってもジョイに手綱をつけたことはない。もちろん、ヒゲさんが散歩するコースは人が歩くような場所ではないが。
目の前に現れたある光景
やがて、ヒゲさんとジョイの目の前に「竜乃湖」が現れた。
夕闇の霧の中にうっすらと湖が浮かぶ。
ヒゲさんはここに来るたび、ある光景を思い出す。5年前の試合のことだ。
ヒゲさんはその日、武道館でジュニアへビュー級選手権試合への挑戦権を賭けた試合を行っていた。相手はメキシコ出身の気鋭のレスラー、ラブレスタ―だった。
ラブレスターは来日してまだ1年に満たない選手だったが、空中戦はもちろん、その技の切れの良さは来日したこれまでのジュニアへビュー級の選手の中でも群を抜いていた。お互いがリングのコーナーやロープを使った空中戦を出し続ける試合は、開始直後から白熱したものとなった。
命を賭けたJr・へビー級の試合
へビー級と違い、ジュニアへビー級の試合はスピードがものを言うのだ。ヒゲさんも負けじと空中殺法で応戦を続けた。試合は15分過ぎ、お互いのパワーを炸裂しながら、ヒゲさんがラブレスターをロープに投げ、ターンしてきたラブレスターにキックドロップ、そこで倒れるラブレスターを引き起こしジャーマンスープレックスホールドをかけた。レフリーがカウントをかける。ラブレスターがカウント2でヒゲさんを跳ね返す。
すかさずヒゲさんはラブレスターを後方から抱えバックドロップを仕掛けた。天を見上げるようにマットにラブレスターが沈む。ヒゲさんがコーナーポストに上がり、ラブレスターにめがけて自身が飛び込もうとした瞬間だった。ヒゲさんは心臓の急激な痛みを感じたのだ。
激痛がヒゲさんを襲ったが、本人はコーナーポストからラブレスターにめがけて自身が飛び込んだ。しかし、ラブレスターはそんな彼の身体を見逃さなかった。一瞬、身体を翻すと、ヒゲの身体はマットに突き刺さった。そこにラブレスターの身体はなかった。
この時、ヒゲさんは自分がマットに沈んだ感覚がなかったのだ。
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