「闇が滲む朝に」🐑 章 第3回「人間も冬眠すればいいのに」
人間も夏眠や冬眠すればいいのに
清掃の仕事の悪さを指摘されるたびに、森木徹は一体、このばあさんどうしたの?と思うくらいに、突然に雷神のような顔に豹変し、睨みをきかす明子を思い出しながら、(・д・)チッと舌打ちする。『ったく、るせいババア』だと思う。
しかし、そんな明子も日ごろは、慣れない徹に、「これ食べるかい、これ家に持っていくかい?」と、菓子や果物を持ってきたりする。仕事では何かとうるさいが、いつもは優しい人なのだ。
徹が周りを見渡した時に既に、その明子は庭にはいなかった。徹は落ち葉を掃き続けながら、ふと庭中央の池を覗き込む。
夏場は鯉たちが所狭しと池の中を泳ぎ回っているそうだが、冬の時期には、ほとんど水面に鯉の姿を見かけることはない。鯉も亀と同様に冬の間は餌を食べなくなる。考えてみたら人間と比べると、鯉やクマや亀はとてもストイックなのだ。
3か月も4か月も食べなくてもすむ身体というのは、果たしてどんな機能なのだろう。ましてやクマは冬眠中に出産し母乳を与え子供を育てるらしい。ええ?これは凄い。
それに比べて人間はどんなに食欲を我慢しても7~9日間が限界だ。断食は身体の内臓を休める機会になっていいとされている。一日、一食主義をとる人もいる。断食をすると分かるが、どんどん感覚が研ぎ澄まされていくのだ。でも、さすがにクマのようにはやれない。
人は80年ほどの一生を、毎日、3食を食べ続けるのだから内臓も疲れるわけだ。で、さまざまな病気を発生させる。
いっそのこと、人間も冬場か夏場に冬眠や夏眠する習慣を作ればいいのに。そうすれば、内臓は休めるし、いろんな意味でもう少し、そう、食糧争奪の争いごとも減るはずだ。
日本に住んでいたら感じないが、世界中では一日に一食、食べれない人たちも多いのだ。日本のコンビニ弁当の廃棄物の多さは、世界でも有名だが、こんなことは、日本でしかありえないのである。
東京はもちろんだが、山奥の田舎にいても車で10分も走ればコンビニのある地域は増えている。最近は閉店も多いらしいが、それは街中のことで、競争が激しい所だろう。同じチェーンの店が共食いをするのだ。
過剰に幸せ過ぎても弱くなる
いつでも、どこにでも何らかの店はあるから、現代の日本人は食べれないということを経験できない民族でもある。だから、まさかの状況になった時に、日本人の多くが、もう生きていけないと思う。すぐに何でも食べられて、買える。いわゆる幸せに慣れ過ぎてしまっているのだ。
もちろん最近は、重篤な病にかかる悪害ウィルスも増えていて危険だが、とかくインフルエンザもすぐ流行る、抵抗菌がないのだ。だから、ことによっては不便で不潔さがいい場合も多いのである。その方が抵抗力ができるからさ。
徹が感慨にふけりながら池を覗いていると、ふと、水面に人影が映った。
振り向くと、背後に人が立っている。
「いつもご苦労さまです。春香です」
男は徹に笑顔を見せた。
「お疲れさまです。自分は森木といいます」
徹が頭を下げた。
ふと、庭に現れた春香さん
「最近は風も強いし、銀杏の葉はすぐに落ちるから大変だね」
春香が辺りの銀杏の木を見渡した。
「仕事ですから」
徹はなぜか、姿勢を正して答えた。
「いつも助かっているよ。あなたらのおかげさ」
「今日はいい天気でよかったです」
徹が箒を立てた。
「この前の台風で埼玉の施設は浸水したらしいから」
「この前の台風で、ですか」
徹が聞いた。
「全員、無事に避難できたらしいから」
「そうですか。本当にいつ何が起こるかわからないですね」
「この辺は川もないらしいから大丈夫だろうけど。ところで仕事を始めてどれ位ですか」
春香が徹の顔を見た。
「まだ、3か月ほどです」
徹は落ち葉を塵取りにすくうと、カートの中のごみ袋に入れ続けた。90ミリリットルのビニール袋の3分の2が落ち葉で埋まった。
「いつも、これ一杯になりますから」
徹が徹が振り向くと、春香はその場にはいなかった。
「なんだ、おじさん、もう部屋に戻ったのか」
徹は独り言を言いながら、カートに箒と塵取りを入れると、施設横の小屋まで運んだ。