「闇が滲む朝に」🐑 章 第24回「二人の逃避行 近くに竜が住んでた湖があっから」
早一番のお客さんですけ?
徹は「もとずろう温泉旅館」のお湯に浸かりながら、大きく深呼吸した。どこからか静かにお湯が流れる音が聞こえてくる。
「朝早一番のお客さんですけ」
後方から野太い声が聞こえてくる。
「お客さんけ?」
徹は二度目の問いかけに後方を振り向いた。髭ずらの禿げた男がにこにこ笑っている。
「え、ええ、そうなるんですかね」
徹は少し戸惑いながら答えた。
「俺はずんいちろとは長いから」
最初は何を言っているのか分からなかったが、付き合いが長い仲のことを言っているのだと理解した。
「だから、ほぼ毎日。日課みてえなもんだかっさ」
「毎日、ですか。いいですね」
「近くだから・・・。山仕事終わったらね、こうして」
禿げた髭ずらの男はにたあと笑った。その笑みに一瞬、徹は何か怪しい雰囲気を感じた。あまり話をしない方がいいかも知れない。そんなことを考えたのだ。
竜が住んでいた湖・・・・・
「この先に竜がいた湖があっから」
次の禿げ男の言葉に、徹は自分の勘が当たったと思った。やはり、何かやばいんでないの・・・・・。
「竜がいた湖があっから」
禿げ男は、また同じことを言った。
「り、りゅうですか・・・・」
酔っているんだろうと思いながら、仕方なく徹は対応した。
「そう。竜がいたらしい。俺はそのすぐ近くに住んでっから」
「はあ・・・・」
徹は曖昧な返事をして二人の会話を切ろうとした。
今度は竜の話をする髭づらの男
またか・・・・そんなことが脳裏をよぎった。
空手をやっているという五十六、図書館で会った春香さん、そして、今度は温泉に来たら面長のずんいちろ社長に次いで、妙な話をする熊のような髭づらの禿げ男だ。
正社員として働いていた自分が会社を辞めてから、どうも妙な人間に会うことが増えている。どの人もネクタイもスーツも着ていない、すでに自由人という雰囲気を持った人ばかりだ。あ、ずんいちろ社長は一応、温泉経営者だ。ま、よく失敗する同族系の3代目だけどなあ。
なんか妙な人ばかりに会うのも、俺が既に人生の王道をはずれてしまったからに違いないと徹はお湯に浮かびながら思った。
「とにかく、行ってみると、いいさ」
髭ずら男は、また、にたあと笑った。